大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)2220号 判決

被告人 福井安太郎

〔抄 録〕

原判決が、その理由において「被告人は麻薬取扱者その他法定の除外者でないにも拘らず、昭和二十二年二月下旬頃より同年五月十六日頃までの間、東京都中央区日本橋呉服橋所在の三和ビル内株式会社太洋商会において、阿片アルカロイド塩酸塩注射液二千八百二十本位を保管して、これを所持したものである」との事実を認定判示していることは、所論のとおりであつて、該判示事実は、原判決援用の証拠によつてこれを肯認することができるのである。しかるに、所論は、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある旨を主張し、その理由として、先ず、本件物件は当時、原判示株式会社太洋商会の社長であつた被告人のるす中同人の知人石井勲なる者が、同会社事務所に来て、勝手にこれを置いて行つたものであつて、被告人が交付を受けたものではなく、被告人が所持の目的でこれを保管していたものではない旨主張するにより、案ずるに、なるほど、被告人が本件物件に関係するに至つた発端は、昭和二十二年上旬ごろ、同人のるす中、原判示石井勲なる者が、右会社事務所に来て、当時同会社専務取締役であつた今井英一の面前において、これを置いて行つたものであることは、記録に照らし、所論のとおりであるが、しかし、原判決援用の証拠をそう合するときは、右石井は、前示今井英一に対し、「この薬品を被告人から他え売つてもらいたい」旨をいい置いて、本件物件を右今井に預けて行つたものであり、今井は、その後日、間もなく、被告人に対し、右の事情を告げて、これを被告人に交付し、被告人は、該薬品の容器に表示されてあつた薬品名までも調べた上、これを自分が当時会社代表者として管理権を有する同会社事務所内に置き、保管していたところ、その後、同月下旬ごろに至り、前記今井より、右の薬品が麻薬というもので、法に触れるものであることを聞かされた結果該物件が麻薬であることを認識するに至つたのであるが、その後は、これを人目につかない同会社事務所の物置内に蔵置して、同年五月十六日ごろ、右石井の使者である安西鍋太郎が受け取りに来るまでの間、これを保管していた事実が認めえられるのであつて、この点に関する所論列挙の各証拠中右認定に牴触する部分は、原判決挙示の証拠に照らせばいずれもたやすくこれを措信しがたいところであり、爾余の証拠によつては、未だこの点に関する所論の主張を認めて右認定を覆すに足りないのである。

次に、所論は、被告人が、前示石井より、右物件が麻薬であり法に触れるものであることを聞知してから、前掲安西鍋太郎に交付するまでの期間が長きにわたつた点につき、被告人は、当時右石井に対し、一万円の貸金債権があつたため、本件物件は、右債権とは何らの関係がなく、勿論その担保等の関係は全然ないのであるが、前示石井の立場としては、右の一万円を返済せずには、本件物件のみを引き取りにくいと考えたのか、被告人よりの再三にわたる引取方催促にもかかわらず、前示五月十六日ごろまで延び延びになつてしまつたものであつて、被告人としては、その間、保管の目的で所持していたものでない旨主張するのであつて、所論の挙げている証拠によるときは、なるほど、当時被告人は右石井に対し、金一万円の債権があり、石井は、その一万円を返済せずには本件物件のみを引き取りにくいような事情にあつた事実が窺われない訳ではないが、しかし、被告人としては、本件物件が麻薬であることを知つてから、前示安西がこれを受取に来るまでの期間が約二ケ月半に及んだということは、いかにも長きに過ぎるの感があるばかりでなく、たとえ、その間、右麻薬を前示石井に返還する意思であつたとしても、被告人がその期間内、事実上、本件麻薬を保管していた事実は、これを否定することができないものといわなければならない。

しかるに、所論は、刑法上のいわゆる「所持」とは、自己のためにする意思を以て事実上財物を支配する状態をいうものであつて、本件においては、被告人は、自己のためにする意思で事実上本件物件を支配したものではないのであるから、麻薬不法所持罪の犯意を欠き、罪とならないものである旨主張するにより、この点につき審究するに、本件行為当時施行されていた昭和二十一年六月十九日厚生省令第二十五号麻薬取締規則は、麻薬が医療及び学術研究以外の用途に使用されることによつて生ずる保健衛生上の危害を防止するため、麻薬の製剤、小分、販売、授与又は使用に関する取締を行うことを目的として制定されたもの(麻薬取締規則第一条、麻薬取締法第一条参照)と考えられるから、同規則にいわゆる「麻薬の所持」とは、同規則所定の麻薬を事実上自己の実力支配内に置くことを意味するものであつて、その意思が、自己のためにするにあると、他人のためにするにあるとを問わないものと解すべく、従つて、目的物件が、同規則所定の麻薬であることを認識しながら、これを事実上自己の実力支配内に置いた以上、その所持の動機の如何を問わず、麻薬不法所持罪の成立に必要な犯意があるというを妨げないと解すべきことは、かつて、最高裁判所が、銃砲等不法所持罪につき示した判例(昭和二四年(れ)第一〇五六号同年八月一八日第一小法廷判決)の趣旨に照らして明らかであるところ、原判決挙示の証拠をそう合考かくするときは、被告人は、前述のように今井英一から、本件物件が麻薬であつて、法に触れるものであることを聞かされてより後は、該物件が麻薬であることを認識しながら、その後、安西鍋太郎にこれを引き渡すまでの間、自己が会社代表者として管理権を有する前掲株式会社太洋商会事務所物置内に、これを保管していたものであることが認められるのであるから、被告人の右所為は、ひつきよう、本件物件が麻薬であることを認識しながら、事実上これを自己の実力支配内に置いたものと認めるのが相当であるというべく、従つて、被告人の本件所為は、麻薬不法所持罪の犯意があつたものというべきであるから、本所論は到底これを採用することができない。

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